『私が敏感すぎると思ってた』でも、実は…
こころのメモ② | 第3話 「私、おかしくなかったんだ」に寄せて
気づきの瞬間
『私が敏感すぎると思ってた』でも、実は…
「私だけじゃなかったんだ」——
その瞬間、真里奈の長年の孤独感が、ふっと軽くなったように見えました。
画面越しに、別の参加者が小さな声で言いました。
『私は…虐待だとは思ってなかった』
その一言に込められた勇気を、私は決して忘れません。
言葉にすることの痛み
自分の体験が「虐待」だったと認めることは、想像以上に困難なことです。
なぜなら、それは今まで築いてきた「二人の関係性」を、ひいては「自分自身」を根本から問い直すことを意味するからです。
深く切り刻む言葉
- 「バカなのは事実だろ」
- 「事実を言って何が悪い」
- 「お前のためを思って」
加害者は、常に自分の行為を正当化します。
そして被害者は—
『生き抜くために』
加害者の正当化に“自分なりの納得”を重ねていきます。
- 「バカとはひどい。…でも、そういうところある…な」
- 「事実は言ってもいい。そう思う」
- 「私のためを思ってる。それは知っている」
——こうやって、被害者は、ますます声を失っていくのです。
ユーモアという仮面
「冗談がわからないのか」という言葉は、特に巧妙です。
被害者の痛みを「ユーモアのセンスの問題」と被害者の問題にすり替えることで、
加害者は責任を回避するのです。
でも、心がチクッと痛むなら——
それは、笑いではありません。
静かに心を蝕むもの
たとえ被害者が初めは疑問に思っていても、何度も何度も繰り返されることで、被害者は加害者の主張を信じるようになります。
- 「そうなのかな?」
- 「そんなものかな?」
- 「そうかもしれない」…と。
参加者たちの体験談を聞きながら、真里奈は自分だけではなかったことを知りました。
同じパターン、同じ言葉、同じ混乱を体験した人たちがいることを。
その瞬間、
彼女の孤独は少し軽くなったはずです。
ひとりじゃない、ということ
あなたも、長い間「大したことじゃない」と思っていませんでしたか?
あるいは、自分にこう言い聞かせていませんでしたか?
- 「彼は私のことを思って言った」
- 「私の解釈が悪かったんだ」
- 「私が彼の冗談をわからないからだ」
もしそうなら——
同じ体験をした人たちが、実はたくさんいます。
これだけは知っていてください。
同じように相手の言葉に傷つき、
同じように混乱を感じ、
同じように自分を責めてきた人たちが。
あなたは決して一人ではありません。