第3話 「私、おかしくなかったんだ」——心にあった疑問の答え
「これって、おかしいのかな?」そう感じていませんか?
気づきはいつも静かに訪れる
あのときの真里奈の顔を、私は今も忘れられない。
まっすぐに画面を見つめながら、口を閉ざしていた彼女。眉間にはわずかな緊張。背筋を正して座っているその姿に、「ここで何かを感じ取ろうとしている」気配が、静かに滲んでいた。
表面的には落ち着いているように見えても、心の中はきっと波立っていたはず。
何かが自分の中で起こり始めているとき、人はとても静になるのだと、私は知っている。
その日のテーマ
その日、DV防止教育クラスのテーマは:
「精神的・心理的虐待」
私の声が、参加者たちの画面に届いた。
「カメラはオンにしてくださいね。虐待の詳細や露骨な描写は避けてください。そして何より大切なのは、ここで話されたことは外に持ち出さないこと」
10人の参加者が画面越しに頷き、呼吸を整える。
初参加の真里奈だけが、まだ何も語らずにそこにいました。
沈黙を破って
「今日のテーマは『精神的・心理的虐待』です。言葉や態度で、相手に恐怖や苦痛を与える行為のこと。何か思い当たることはありますか?」
短い沈黙の後、ひとりの女性が口を開いた。
「通報したら子どもに会わせないって言われたことがあります」
それは、心のダムが決壊する一言となった。
- 「*『お前みたいな無能、誰も雇わない』*って」
- 「*『離婚したら親権は私のものだ』*って脅された」
- 「毎日*『バカ』*って言われた」
- 「逃げてもマンションの前にいた。SNSに嘘も書かれた」
それぞれの声が、過去の痛みを確かめるように重なっていく。
意識の変化
真里奈の顔には変化がないように見えたが、彼女の喉が動くたび、心が何かに揺さぶられているのを感じた。
「これらは、精神的な、あるいは経済的な虐待にあたる可能性があります」
私の言葉に、真里奈の目が、ほんの少し見開いた。
「これが『虐待』だとは…思っていませんでした」
「皆さん、これが『虐待』だと、以前から思っていましたか?」
ひとりの女性が、ためらいがちに答えた。
「私は…思っていませんでした
『事実を言って何が悪い』『子どものために言ってる』って言われて…
やめてって言ったら、『冗談がわからないのか』って返されたんです」
画面越しに何人もがうなずいた。
言葉では説明しきれない、長い年月の痛みがあった。
言葉がようやく見つかるとき
私はそっと、まだ発言していない参加者に声をかけた。
「無理に話さなくても大丈夫ですよ。もし何かあれば、どうぞ」
彼女は少しうつむいて、ぽつりと呟いた。
「怒鳴られることは、よくありました。物も壊されたことがあって……。ずっと……怖かったです」
その一言で、場の空気が変わった。
沈黙の中にあった全員の「本当の気持ち」が、そこに浮かび上がったようだった。
「そうですね。怒鳴る、物を壊す、逃げ場をふさぐ、手を挙げる素振り…。それらは明らかな精神的虐待です」
「私だけだと思ってた」
参加者が小さな声で言った。
「私はずっと……虐待されてたんだ。気づかなかっただけで……」
彼女の言葉をきっかけに、また新しい声が生まれた。
- 「叩かれて、ようやく気づいた。でも、それでも戻ってしまったんです」
- 「他の人も同じ経験してるとわかってホッとした」
- 「今まで友達に言ってもわからなかった」
- 「私だけだと思ってた」
それぞれの痛みが、孤独から連帯へと変わっていく時間。
受け止められることの力
その力を、私は何度も目にしてきた。
- 自分の真実を話すこと。
- それを誰かが受け止めること。
それだけで、内側で何かが変わる。
真里奈は最後まで口を開かなかったが、うなずく彼女の姿に、
「私は一人じゃなかった」という静かな気づきが、たしかにそこにあった。
再び、息を吸う
クラスの最後、私は皆に深呼吸を促した。
「目を閉じても、下を向いても大丈夫です。肩の力を抜いて……吸って、吐いて……」
三度目の呼吸が終わるころ、真里奈の表情が少しだけ変わった。
硬く結ばれていた口元が緩み、肩の力がすっと抜けた。
ああ、息ができるようになったんだ——
そんなふうに、私は感じた。
あなたは一人じゃない
「これって普通?私が大げさなだけ?」
そんなふうに迷ったことはありませんか?
その違和感は、あなたの健やかな感覚が送ってくれている大切なサインかもしれません。
あなたは一人じゃありません。
あなたの「怖い」は、決して「あなたのせい」ではありません。
どうか、ひとりで抱え込まないでくださいね。
あなたのペースで、あなたが安心できる人に。
その一歩が、新しい扉を開くきっかけになるかもしれません。