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第1話 気付いたら「我慢する」ばかりの毎日で…

気づかないうちに失われていく「私」の声

誰にも気づかれないまま、少しずつ自分を見失っていくことがある。

ふと鏡に映った自分を見て「この人、誰だろう」と思った瞬間はありませんか?

仕事も順調、夫婦仲も円満。周りからは「しっかりした人」と見られている。なのに、心の奥にずっと緊張感がある。何かが間違っている気がするのに、それが何なのかわからない。

「私が我慢すれば丸く収まる」
「もっとしっかりしなきゃ」
「私が甘えてるだけ」

そう自分に言い聞かせてきた日々。でも、もしかしたらそれは、あなたのせいじゃないのかもしれません。

これは、そんな思いを長年抱えていた会社員・真里奈(まりな)の物語です。


最初の出会い

最初に画面越しに出会った真里奈は、まるで雪の結晶がふっと指の上で溶けていくような繊細さをまとっていた。

小さな声で、彼女は言った。
「誰にも相談できなくて……もう限界かな、って」

そう話す彼女の目は、どこか遠くを見つめていた。それでも、ここに来た。誰かに「話してみよう」と思った。

私は静かに、心から伝えた。
「よくここまで耐えてこられましたね。そして、今日こうして来てくださったこと、本当にありがとうございます」

彼女は少しだけうなずいて、唇をきゅっと結んだ。

夫からの「アドバイス」

「コーチングを通して『もっと自信を持ちたい』と話してくれましたね。どんなときに、そう感じるのですか?」

真里奈は慎重に言葉を選んだ。

「仕事です。入社して8年になりますが、最近昇進の話もあって……夫が、アドバイスをしてくれるんです」

「アドバイス」という響きには、優しさが含まれているはずなのに、彼女の声にはどこか、重たい影があった。

「ご主人はアドバイスをどんなふうにされるのですか?」

「資料の作り方、プレゼンの組み立て、すべてです。……基本的には、楽しいのですが…」

「楽しい」という言葉に、彼女の硬い肩は呼応しない。

小さな声が消えた瞬間

私は静かに、もう一歩だけ尋ねた。

「いつから、ご主人が積極的に仕事のことに関わるようになられましたか?」

「昇進の話が出てからです。『もっと真剣にやらないと、チャンスを逃す』って……」

その瞬間、空気が変わった気がした。

「手助け」の名を借りた、不安とプレッシャーが、彼女を締めつけていた。
外からは夫婦円満に見えても、実際の決定権はどこにあるのだろうか。

「ご主人の関わり方、真里奈さんご自身はどう感じていらっしゃいますか?」

少しの沈黙のあと、彼女は小さくつぶやいた。
「仕方ないかな、って……」

その言葉の奥に、どれだけの諦めと無力感が詰まっているのだろう。

「ちょっと感じたこと、お伝えしてもいいですか?」

彼女は静かにうなずいた。

「真里奈さんは、本当はご主人に仕事を見てほしくない――そんな気持ち、ありませんか?」

彼女ははっとして言った。
「その通りです。思い出しました。一度だけ『これは自分でやりたい』って言ったことがあるんです。勇気を出して…でも、夫はただ一言、『ダメだ』と。……それっきりで……」

そのあとの言葉は、もう出てこなかった。彼女の小さな「自分の望み」は、その一言でかき消されていた。まるで、何もなかったことのように。

降り積もる重圧

「頑張っても、夫の基準には届かないんです。頭の構造が違う、と言われます。『なぜできないんだ』『数週間前と矛盾している』『もっと集中しろ』って……」

彼女の話す声が、だんだん消えていきそうだった。

「自分の仕事なのに、夫の期待ばかりが重くて……助けてくれる一方で、『俺の仕事じゃない』『負担だ』とも言われるんです」

もう、どこに立てばいいのか分からない。真里奈はそんな、足元のぐらつく道を一人で歩いていた。

「私」の声は、どこか遠くに

私は、そっと問いかけた。
「ご主人の希望は一旦脇に置いて、真里奈さんご自身は――どうされたいですか?」

彼女の答えは、また「夫」の話から始まった。
「夫は…」「夫が…」

その声に、彼女自身の願いは含まれていなかった。


あなたへのメッセージ

真里奈のように、相手を思いやる優しさを持つあなた。 でも、その優しさが、いつの間にか自分の声をかき消してしまっているかもしれません。

『自分でやりたい』 『私はこう思う』 『それは嫌だ』

そんなふうに思っていいことすら、わからなくなっていませんか?

小さな思いやりをあなたにも

あなたの気持ちも、相手の気持ちと同じように大切にしていいんです。
自分の声に耳を傾けること。それは、わがままなんかじゃありません。
それは、あなた自身への、小さな思いやりです。ふと感じたその違和感は、きっと大切なサイン。
どうか、ひとりで抱え込まないでくださいね。
少しずつ、自分の声に気づいていけますように。

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